2020年06月22日

2020年沖縄慰霊の日

 明日6月23日は沖縄慰霊の日。第二次世界大戦沖縄戦に招集された女子看護隊。瑞泉女子看護隊として従軍させられ、その凄惨たる体験を語ってくださった宮城巳知子さん。語って下さったのは2012年8月。三年後の2015年10月にお亡くなりになられました。2020年、今やご本人が記憶を辿り、体験を語ることができる方は本当にごく僅かとなってしまいました。
 敗戦後の米軍統治から1972年の沖縄返還。日米安保条約 日米地位協定締結から60年。米軍と日本政府という二つの横暴な権力に押し潰され続ける沖縄。沖縄県民の民意を無視して辺野古基地建設を強引に進める日本政府は、沖縄の未来をどう描いているのか? そこに責任が存在しているとは思えない。
 宮城巳知子さんが沖縄戦を語る映画『17才の別れ』はネット配信中です。
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2020年03月31日

連合軍の沖縄本土上陸から75年

アメリカ軍を始めとする連合軍による沖縄本土上陸から75年。新型コロナウィルスの感染拡大が止められない2020年4月1日現在の日本政府。降伏を先延ばしにして多くの沖縄県民を犠牲にした日本軍と、新型コロナウィルス感染対策で後手後手に回る現政権は、どこか酷似しているように思えます。
沖縄県議会議員選挙を前に沖縄県民に媚びる自民党の菅官房長官にとっては、命よりも経済が大事なのだろう。経済は立て直して復興することができますが、命は一度失われたら取り戻すことはできません。
posted by 17才 at 21:50| Comment(0) | 日記

2019年06月21日

慰霊の日 2011年6月23日

2011年6月23日。東日本大震災から三ヶ月ちょっと経った時でした。朝日新聞紙上にこの記事を見つけました。
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記事を読み終わるとすぐに、宮城巳知子さんの語りを残さなければならないという思いが込み上げてきました。85才というご高齢。最近は体調が優れない。今すぐ取り掛からないと、沖縄戦体験者の生の声が聞けなくなってしまうという焦りを覚えました。

私が記事を読んだ一月後、知り合いの撮影監督岩神拓郎さん、照明技師齋藤勝範さんにこの記事を読んで貰いました。私が映画にして残したい旨を伝えると、二人とも全面的協力を約束してくれました。
その後、岩神拓郎さんの紹介で、撮影機材屋小輝日文の奥山恭男さんに映画の企画書を読んで頂きました。奥山さんは映画製作企画意図をご理解して下さり撮影に使うカメラと録音機材を用意して下さいました。
こうして、みなさんのお力をお借りして、翌2012年8月18日沖縄嘉手納のご自宅で宮城巳知子さんの語りの撮影を始めました。

因みに「慰霊の日」というのは、1945年6月23日、日本軍第32軍司令官牛島満中将ら司令部が自決したことから、沖縄戦の組織的戦闘が終結したものとし、後にこの日を「慰霊の日」という記念日に定めたそうです。
アジアの国々を植民地支配しようと戦争に突き進んだ愚かな国、大日本帝国。その第二次世界大戦敗戦間近、50倍の戦力を持つ連合軍を相手に繰り広げられた沖縄戦。犠牲となった、すべての沖縄のみなさまに黙祷。
posted by 17才 at 22:02| Comment(0) | 日記