2015年04月18日

屋我地島のサトウキビ畑

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 宮城巳知子さんが身を隠したり、突っ切ったりした主観カットや、イメージカットとして使えそうなサトウキビ畑を探していました。 勿論、これまで南部に行っていたので、何度もサトウキビ畑を見かけてはいました。しかしどの畑も視界に電線や電柱が入ってきてしまったり、畑を抜ける道が舗装されていたりして、そそられる畑はありませんでした。
フィルムオフィスの方が教えて下さった何ヶ所かのサトウキビ畑の中で、北部の屋我地島がいいのでは?という印象を受けました。拓郎さんと二人で1時間ちょっと車を走らせ屋我地島まで行ってみました。

 屋我地島の北端には、かつて「癩病」と呼ばれて差別・蔑視された「ハンセン病」患者を収容していた国立ハンセン病療養所沖縄愛楽園がありました。対岸には軍の施設のある運天港があったため、1944年10月10日米軍による空襲(十・十空襲)で、その施設の約90%が破壊されました。

 午後3時頃に宮城さんの撮影を終えて、嘉手納町から北を目指し、名護市を通り抜け、真喜屋から110号線に入り、奥武島を通過すると屋我地島でした。さてここからは、これまで培ってきた経験と勘がものを言います。建造物のない方へ、ない方へと丘を上ります。いいかな?と思って車を停めて外にでると、どこからか耕運機のエンジン音が聞こえてきて人影が見えたりします。かなり広大なサトウキビ畑を車で走り回り、ようやく何ヶ所か撮影に耐えうるポイントを見つけました。
さあ、日が沈むまでにカットを稼ぐぞーっ。
posted by 17才 at 22:17| Comment(0) | 日記